はたらく一家(1939年東宝映画東京)
- 2008 12/30 (Tue)
「はたらく一家」
といっても社会科の時間に見せられる8ミリではありません。
興味深くみました。戦前の映画で1939年(昭和14年)作品。
監督は、成瀬巳喜男とスクリーンに出て驚く。戦前から監督をやっている方なのか。
「支那の夜」(1940)、「女の教室 学校の巻」(1939)とは違い、テンポは今と同じ感じで映画は進む。65分と短い映画であるが色々と興味深かった。
出演している俳優は全然知らないのだけど、何か昭和14年という時点でのこういう映画かといろいろ思ったりして。
物語のは、父と母、息子が五人、娘が一人の大家族。
職工の父親(徳川夢声)そして長男(生方明)、(もしかしたら二男も)が共に働き、母親(本間敦子)は家で内職をしながら、やっと一家の生活がぎりぎり成り立っている。母親は物の値段がどんどん上がり嘆き、やりくりに苦慮している。
しかし息子たちが、これがまた学問が好きで、五男と長女はまだ幼いが、四男(阪東精一郎)は小学生だが、卒業後の進路で小僧(でっち)になりたくなく、上に進学したいと思っているが家庭事情を察して親に言い出せないでいる。
長男は英会話を学び、二男(伊東薫)、三男(南青吉)は旧制中学、高等小学生あたりの年齢かと思われるが、家で競うそうに勉強している。(または、独学で本を読んでいる。)
すごい。いや、これが静かに黙々と机に向かってというのではなく、2階のひとつの部屋で教科書、参考書の朗読をするという感じで、三人が合唱状態、発声練習状態。
長男は既に22歳で働いているが、給料が少なく上がる見込みもなく、このままはだめだと、父親に「俺に5年欲しい」
という。夜学でも何でも学校に入って資格を取り、もっといい職業に就き自分の家族をもちたいと言う。
母親は、内職を休めることなく、ダメだという。(本心かどうかはわからない)
父親の賃金はどんどん下がってきているらしく、この一家の家計はギリギリで、経済的にはとても無理な話なのである。
しかしこの父親も飲んだくれのオヤジではなく、長男からそういう話を聞いて、即答せずいろいろ考え悩むのである。長男の給料が減れば家計は一ヶ月ももたない。しかし息子の気持ちは痛いほど判る。
しかも長男を許せば、次には二男、三男と、なだれ現象が起こるだろうと考える。
先生(大日方伝)に長男が「親孝行とは何か」と意見を聴きに行き、先生(恩師?)は突飛な質問に驚き、父親も相談に行き、親と子供の仲裁に入る。
しかし、先生はどちらとも結論を言うわけではない。皆の考えをまとめているようだ。
沈黙が続く。
最後に、父親は、
「おまえの好きなようにしろ。他のやつももいいぞ。自分の好きなことをしろ。」
その言葉は、自暴自棄な言葉ではなく息子たちのことを思っての言葉であった。
このオヤジさんいい味を出している。
徳川夢声、有名なマルチタレント?とだったとのこと。自分は覚えていない。いや年齢的に無理だ。
しかし、こんな父親は立派すぎる感もある。
ラスト、この映画的に明確にどちらの道を選んだのかは示されていない。
しかし、長男は父にそう言ってもらったことだけでもうれしかったに違いない。
最後の子供たちの四方八方からの「でんぐり返し」の連続シーン。これは、何を意味するのか。
この映画は、学びたくても学べないこのご時世を暗に批判しているのだろう。
また、暮らしていけない安い労働賃金。貯蓄が無く、高い収入を目指して学校に行くにも賃金が減ると他の家族が暮らしていけない。学校に行けないから、やはり豊かにもなれない。
原作は、徳永直。
ウィキペディア(Wikipedia)を見ると、元プロレタリア作家の小説家であった。
全体的には、話は暗くなく、明るい感じ。子供たちは、二男以下は明るい。
長男はかなり悩んでいるが、皆、基本的には元気だ。
家に水道はなく、まだ外井戸。風呂も銭湯。歯磨き、顔洗いは外井戸のまわり。
しかし昭和14年の大東京市での生活は思ったよりリッチだ。
小学生は黒い制服。そして近くの喫茶店でコーヒーを飲む息子たち。
昭和14年に日本の青少年が喫茶店でコーヒー(珈琲)ですか?
すごいお洒落じゃないですか。
(これは、本当なのか?それでは貧しく見えなくなってくるし、矛盾だなあ?)
まあ、高級な喫茶店ではないようだが、それにしてもコーヒーとは。
喫茶店の娘(椿澄枝)は、長男を好きだが、実は二男は娘を思っている。
途中、兵隊さんごっこや、軍歌は、ご時世で出てくる。
それより旧制中学生の風俗というか、マントをはおり口笛を吹いて夜道を歩くなど、当時の風俗がわかる。
喫茶店の暖簾の「しるこ」の「こ」の字が、「古」からの変体仮名だった。
はじめは読めなかったが、多分そうだ。
字体はこちら→ウィキペディア(Wikipedia)
映画のことを「写真を見に行こう」と言っていたが「活動写真」の略かな。
二男を演じた伊東薫だが、「ハワイ・マレー沖海戦」(1942)の主役ではないかと一瞬データを見て驚き。
何か、子役を見ていると、この時代の青年、自分たちの子供の頃の青年、今の青年。本当に顔が変わってきている。
今は本当にゴツイ顔、イモ顔がいなくなった。
皆、顎が尖ってきている。顔もゴツクない。まあこれは時代という奴で食べ物が良くなったせいと、顎でよく物を噛まなくなったからだろうか。
監督の成瀬巳喜男が、先日スカパーで見た「女の教室 学校の巻」(1939)に出演している千葉早智子と結婚して(のち離婚)いたとは知らなかった。
東宝映画(東京撮影所)製作。
東宝と東宝映画(東寶映畫)とは厳密に言うと違う。
東宝 会社の沿革(東宝ホーページ)
http://www.toho.co.jp/toho_ir/welcome-j.html
言ってみれば東宝の前進である。
(株)東京宝塚劇場が、1943年東宝映画(株)を合併し、社名を東宝(株)に改称する。
東宝映画の詳細はウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%AE%9D%E6%98%A0%E7%94%BB
この映画では、テロップ等、横書きは右から左が用いられていた。しかし、戦前でも今と同じ左から右も多い。
はたらく一家 解説(ラピュタ阿佐ヶ谷HP)
映画データ
はたらく一家
製作=東宝映画(東京撮影所)
1939.03.11 日本劇場
65分、 白黒、スタンダードサイズ
製作: 武山政信
演出: 成瀬巳喜男
脚色: 成瀬巳喜男
原作: 徳永直「はたらく一家」(1938)
音楽: 太田忠
演奏: P.C.L.管弦楽団
出演者: 徳川夢声、本間敦子、生方明、伊東薫、伊東薫、大日方伝
★★★★☆
ラピュタ阿佐ヶ谷
といっても社会科の時間に見せられる8ミリではありません。
興味深くみました。戦前の映画で1939年(昭和14年)作品。
監督は、成瀬巳喜男とスクリーンに出て驚く。戦前から監督をやっている方なのか。
「支那の夜」(1940)、「女の教室 学校の巻」(1939)とは違い、テンポは今と同じ感じで映画は進む。65分と短い映画であるが色々と興味深かった。
出演している俳優は全然知らないのだけど、何か昭和14年という時点でのこういう映画かといろいろ思ったりして。
物語のは、父と母、息子が五人、娘が一人の大家族。
職工の父親(徳川夢声)そして長男(生方明)、(もしかしたら二男も)が共に働き、母親(本間敦子)は家で内職をしながら、やっと一家の生活がぎりぎり成り立っている。母親は物の値段がどんどん上がり嘆き、やりくりに苦慮している。
しかし息子たちが、これがまた学問が好きで、五男と長女はまだ幼いが、四男(阪東精一郎)は小学生だが、卒業後の進路で小僧(でっち)になりたくなく、上に進学したいと思っているが家庭事情を察して親に言い出せないでいる。
長男は英会話を学び、二男(伊東薫)、三男(南青吉)は旧制中学、高等小学生あたりの年齢かと思われるが、家で競うそうに勉強している。(または、独学で本を読んでいる。)
すごい。いや、これが静かに黙々と机に向かってというのではなく、2階のひとつの部屋で教科書、参考書の朗読をするという感じで、三人が合唱状態、発声練習状態。
長男は既に22歳で働いているが、給料が少なく上がる見込みもなく、このままはだめだと、父親に「俺に5年欲しい」
という。夜学でも何でも学校に入って資格を取り、もっといい職業に就き自分の家族をもちたいと言う。
母親は、内職を休めることなく、ダメだという。(本心かどうかはわからない)
父親の賃金はどんどん下がってきているらしく、この一家の家計はギリギリで、経済的にはとても無理な話なのである。
しかしこの父親も飲んだくれのオヤジではなく、長男からそういう話を聞いて、即答せずいろいろ考え悩むのである。長男の給料が減れば家計は一ヶ月ももたない。しかし息子の気持ちは痛いほど判る。
しかも長男を許せば、次には二男、三男と、なだれ現象が起こるだろうと考える。
先生(大日方伝)に長男が「親孝行とは何か」と意見を聴きに行き、先生(恩師?)は突飛な質問に驚き、父親も相談に行き、親と子供の仲裁に入る。
しかし、先生はどちらとも結論を言うわけではない。皆の考えをまとめているようだ。
沈黙が続く。
最後に、父親は、
「おまえの好きなようにしろ。他のやつももいいぞ。自分の好きなことをしろ。」
その言葉は、自暴自棄な言葉ではなく息子たちのことを思っての言葉であった。
このオヤジさんいい味を出している。
徳川夢声、有名なマルチタレント?とだったとのこと。自分は覚えていない。いや年齢的に無理だ。
しかし、こんな父親は立派すぎる感もある。
ラスト、この映画的に明確にどちらの道を選んだのかは示されていない。
しかし、長男は父にそう言ってもらったことだけでもうれしかったに違いない。
最後の子供たちの四方八方からの「でんぐり返し」の連続シーン。これは、何を意味するのか。
この映画は、学びたくても学べないこのご時世を暗に批判しているのだろう。
また、暮らしていけない安い労働賃金。貯蓄が無く、高い収入を目指して学校に行くにも賃金が減ると他の家族が暮らしていけない。学校に行けないから、やはり豊かにもなれない。
原作は、徳永直。
ウィキペディア(Wikipedia)を見ると、元プロレタリア作家の小説家であった。
全体的には、話は暗くなく、明るい感じ。子供たちは、二男以下は明るい。
長男はかなり悩んでいるが、皆、基本的には元気だ。
家に水道はなく、まだ外井戸。風呂も銭湯。歯磨き、顔洗いは外井戸のまわり。
しかし昭和14年の大東京市での生活は思ったよりリッチだ。
小学生は黒い制服。そして近くの喫茶店でコーヒーを飲む息子たち。
昭和14年に日本の青少年が喫茶店でコーヒー(珈琲)ですか?
すごいお洒落じゃないですか。
(これは、本当なのか?それでは貧しく見えなくなってくるし、矛盾だなあ?)
まあ、高級な喫茶店ではないようだが、それにしてもコーヒーとは。
喫茶店の娘(椿澄枝)は、長男を好きだが、実は二男は娘を思っている。
途中、兵隊さんごっこや、軍歌は、ご時世で出てくる。
それより旧制中学生の風俗というか、マントをはおり口笛を吹いて夜道を歩くなど、当時の風俗がわかる。
喫茶店の暖簾の「しるこ」の「こ」の字が、「古」からの変体仮名だった。
はじめは読めなかったが、多分そうだ。
字体はこちら→ウィキペディア(Wikipedia)
映画のことを「写真を見に行こう」と言っていたが「活動写真」の略かな。
二男を演じた伊東薫だが、「ハワイ・マレー沖海戦」(1942)の主役ではないかと一瞬データを見て驚き。
何か、子役を見ていると、この時代の青年、自分たちの子供の頃の青年、今の青年。本当に顔が変わってきている。
今は本当にゴツイ顔、イモ顔がいなくなった。
皆、顎が尖ってきている。顔もゴツクない。まあこれは時代という奴で食べ物が良くなったせいと、顎でよく物を噛まなくなったからだろうか。
監督の成瀬巳喜男が、先日スカパーで見た「女の教室 学校の巻」(1939)に出演している千葉早智子と結婚して(のち離婚)いたとは知らなかった。
東宝映画(東京撮影所)製作。
東宝と東宝映画(東寶映畫)とは厳密に言うと違う。
東宝 会社の沿革(東宝ホーページ)
http://www.toho.co.jp/toho_ir/welcome-j.html
言ってみれば東宝の前進である。
(株)東京宝塚劇場が、1943年東宝映画(株)を合併し、社名を東宝(株)に改称する。
東宝映画の詳細はウィキペディア(Wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%AE%9D%E6%98%A0%E7%94%BB
この映画では、テロップ等、横書きは右から左が用いられていた。しかし、戦前でも今と同じ左から右も多い。
はたらく一家 解説(ラピュタ阿佐ヶ谷HP)
映画データ
はたらく一家
製作=東宝映画(東京撮影所)
1939.03.11 日本劇場
65分、 白黒、スタンダードサイズ
製作: 武山政信
演出: 成瀬巳喜男
脚色: 成瀬巳喜男
原作: 徳永直「はたらく一家」(1938)
音楽: 太田忠
演奏: P.C.L.管弦楽団
出演者: 徳川夢声、本間敦子、生方明、伊東薫、伊東薫、大日方伝
★★★★☆
ラピュタ阿佐ヶ谷
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