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レッドパージの頃

今日、「コタンの口笛」(1959)と「海軍特別年少兵」(1972)をスカパー録画で見る。

海軍特別年少兵」は去年初めて見たが、8月に放送されたので再度見た。

「キネマ旬報ベストテン全史」(キネマ旬報社別冊)
自分の持っているのは1945年から1992年までの版でそろそろ1993年以降も欲しいもの。その本を見ると「海軍特別年少兵」は昭和47年にベストテン入りしているらしく、解説には

「今井正監督はレッドパージで追われた東宝に戻り「海軍特別年少兵」を作り7位にくいこんでいる。

とある。この映画は今井正監督作品だったのだ。戦争映画。レッドパージ

7月日本映画専門チャンネルで、
わたしの自叙伝 今井正 レッド・パージの頃

を放送しており、たまたま録画して7月に見た。(自分はスカパーに入ってから初めて。過去に放送しているかもしれない)
1980年あるいは1982年NHK製作放送、30分。

自分は今井正監督のこともほとんど知らなかった。そしてレッドパージということ言葉を初めて知る。

放送後ネットで検索し、ウィキペディアや諸サイトなどから情報を集める。

知らなかった。そんなことがあったのか。

日本の戦後というと、ついつい戦争が終わって民主主義が生まれるというか与えられたと思っていたが、昭和20年代は労働組合の活動激化や中華人民共和国の建国、朝鮮戦争前後と、不安定な時代だったのか。

自分は東西冷戦は世界の米ソの流れだと思っていたが、日本でもこんなことが行われていたとはビックリ。昭和25年といえばGHQによる占領下で日本であって日本でない。

公職追放なんてことをするなんて信じがたいなあ。戦前ではなく戦後だよね。自分は当時の歴史に全くの知識がないがそういう事実があったということだけでもかなり驚いた。

終戦後5年も経つと世界状況も随分と変わり世界の流れも速い。それとも日本が敗戦したからまた世界の流れが一気に動き出したのだろうか。

当時の日本の映画会社の監督は、自分でこういう作品を撮りたいということも会社側になかなか通らず、会社側が提示した内容の映画を撮るというかなり弱い立場にあったようだ。

今井正監督が東宝を去り、自分の好きな映画を撮りたいと思っていたらしいのだが、レッドパージ旋風で大手5社で映画を造れなくなったとは。この頃の映画はアメリカの検閲を受けているのだ。

昭和47年、古巣の東宝に戻り撮った作品がこの「海軍特別年少兵」なのか。
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